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子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

赤川 学
定価 : ¥ 735
発売日 : 2004/12
出版社/メーカー : 筑摩書房
おすすめ度 : (33 reviews)
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カスタマーレビュー
「少子化対策としての男女共同参画批判」であって「男女共同参画自体の批判」ではないので誤解のなきよう, 2009-10-28
まず少子化をさして問題と見ない立場(著者は「多少問題である」と言っている)に私は共感する。それで本書を手に取ったが、まず少子化対策としての男女共同参画、具体的には働く女性が増えるとかそのための支援について著者は批判的であり、その批判こそが目的と知り少し後ずさりする。思っていたよりも何か保守的な本を手にとってしまったのかなと。しかしこれはすぐ誤解と気づく。既に多くの人に指摘されているし読めば誤解の可能性はありえないように著者は男女共同参画に反対しているわけではない。女性が働く事に反対しているわけでも子育て支援に反対しているわけでも福祉国家に反対しているわけでもない。ただ単に、それらが少子化の解決に直結するという多く持たれている前提を否定しているだけなのだ。
著者は前書きで女性の社会進出が多い国ほど出生率も高いという統計を恣意的なものとして批判し、統計から排除されている国を入れれば結果が全く逆のものになる事を示す。(つまり社会進出が多いほど出生率が低い)著者は自分が批判する恣意的な統計よりは自分の統計の方が圧倒的に合理的で正しいというのが本音だがそれは言うまい、重要なのは作り方次第で統計などどうとでも望む結果を出せるという事だと言う。その意味では同種のものも多くある統計学啓蒙本の一種とも言える。
「男女共同参画は必ずしも少子化対策にはならない。だから男女共同参画はやめろ。やめた方が対策になる」などと主張するなら無茶を言っているという印象を受けるが初めに言ったように著者の主張はそれではない。「男女共同参画は必ずしも少子化対策にはならない。男女共同参画は少子化とは無関係に価値があると言えばいい。そして子供は男女共同参画やらの政治的目的の道具ではない。自由な選択が少子化をもたらすならそれは仕方ない。子供が減って何が悪い!」それこそが著者の主張である。
著者によれば男女共同参画はその概念が登場する経緯からして少子化対策としての意味を刻印されていた。99年に制定された男女共同参画基本法前文には「男女が互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別に関わりなく、その個性と能力を十分に発揮する事ができる男女共同参画社会」とあるが、実はその前に「少子高齢化の進展、国内経済活動の成熟化など我が国の社会経済情勢の急速な変化に対応していく上で」との但し書きがついているそうだ。これに従うなら男女共同参画はそもそも日本の社会経済情勢へのよき対応という役目を果たさない限り認めなくていい事になってしまう。初めからこのような役目を担わされていたからには、しばしば男女共同参画が少子化対策に結び付けられるのは仕方ないとも言える。だがそれでいいのか、と著者は言うのだ。なんと真っ当で熱い正論だろうか。
人によっては欠点にもなりうるかもしれない特徴としては、大部分を占める統計的な告発がやはり若干難しい点(私としては正直頭の痛くなる箇所もあった)後半は著者なりの少子化論が展開されるがそれが強い自由主義思想(最終的にはリベラリズムであると思うがリバタリアンっ気も相当ある)に基づいている点、あとは私は好きだが著者の語り口・文体に結構な特徴・癖がある点など。だがどこまでも自由主義的観点から見た少子化論という事で私には非常に面白いものであった。
ただ追加(にして最大)の欠点として、読者の中には本書の統計的部分には感銘を受けても後半の著者の自由主義にはついていけないという人もいる。著者の自由主義が受け入れられず、ただ統計的告発だけを吸収されては男女共同参画や子育て支援の福祉などが少子化に繋がらないという告発は、著者の意図とは別に、それらへの反対論、保守派を補強する材料として利用されかねないだろう。考えてもみれば確かに恣意的な統計で自分の都合のいい理想が少子化対策に結びつくと嘘をつく欺瞞は問題だが理想的には少子化対策にも結びついてくれた方が何かと都合がいい。だがそれが結びつかないとなっては、また一つ男女共同参画や福祉の説得力や動機付けを失ってしまったという事になる。真実の観点からは著者のした事は正しいが、政治的帰結的には著者の告発は著者の立場をいくらか脅かす事になるかもしれない。
掛谷英紀『学者のウソ』(ソフトバンク新書), 2009-08-25
掛谷英紀『学者のウソ』(ソフトバンク新書)のP56‾72が本書『子どもが〜』のほぼ要約となっていますので、手早く済ませたい方にはそっちをお勧めします。
これぞ研究, 2008-06-19
一般に普及している言説に真っ向から挑む姿勢が日本の学者には求められています。この本の中ではリサーチリテラシーという言葉が使われていますが、研究に限らずメディアリテラシーの向上を図る必要があると思います。
過激なタイトルだが、内容は正論, 2007-09-29
少子化問題の原因を男女共同参画の遅れなどにあるとする学者の根拠を、統計学的な精査をもとに論破した書。
タイトルが過激で、少子化問題に猛反対しているかのように誤解されそうだが、読者の注目を引くための策であると思われ、内容は全くそのような話ではない(個人的にはこのタイトルは逆効果と感じる)。多くのデータを解析し、従来の説がいかにバイアスに基づいて構築されているかを糾弾している。解析結果やその解釈はきわめて筋が通っている。一般的に、通説を覆すためにはそれを凌駕するだけの客観的なデータ解析と、論理展開が必要であるが、この著者はいずれも十分に満たしており、主張に一貫性がある。
日本において、社会学者は、無責任な論理を主張しても罰せられることはない。しかし、彼らの意見によって莫大な国家予算が投じられ、場合によってはそれが無駄に終わる可能性がある。したがって、統計学に精通し、データを適切に解析、解釈し、その方法を明示しなければならない。従来少子化の原因を語ってきた学者にはこの点が欠けていることを本書は述べている。つまり、本書は学者としてのモラルについて語っている点で、『学者のウソ(掛谷英紀著)』と併読を勧める。
本書で述べられているように、著者自身は男女共同参画にむしろ賛成であるが、『共同参画する自由』と同時に、『共同参画しない自由』についても平等であるべきとする点はもっともである。
内容はきわめて秀逸で、個人的には星5つと思うが、(注釈を多くつけているがそれでも)統計的な記述が難しく、一般の読者に広く受け入れられるのは難しそうで、工夫がほしかった。統計に疎い読者には勧めづらい点で星4つが妥当と思う。
ちょっととっつきにくいが主張はまとも, 2007-04-22
統計の専門用語が頻出したりあちこちで引用文が紹介されたり、
正直なところ読みやすくはない。だがそれらを多少飛ばし読みすれば著者の主張は明確だ。
とどのつまり著者があとがきで述べている言葉、
「子どもは、親や周囲の人たちから愛されるために産まれてくる。
 それ以外に、産まれる理由は必要ない」この一言に集約されている。
私はこの意見に諸手を挙げて賛同する。
いたずらに少子化を憂えたり「社会総がかりで教育再生を」などと声を枯らす輩は
一体子どもを何だと考えているのだろうか?子どもとは、著者の言葉を借りれば
「少子化対策や男女共同参画の道具ではない」。
増してや年金の財源や未来の労働力を確保するための金づるなんぞでは断じてない。
反面「自分は子どもには興味ない、だけど大人として自分はきちんと生きる」という人もいていい。
もちろん、子どもを傷つけたり食い物にしたりはしないことが前提条件だが
そういう大人の存在が許されることこそが「価値観の多様化」なのだし、
第一子どもの側からしても四六時中大人から注目されていたのでは疲れるだろう。
「ああ、大人って色んな人がいるんだな」と子どもにと学んでもらう上でも
「子どもに興味のない大人」はむしろ必要だ。
独裁国家ほど子どもの出生数や教育内容に口を出したがるものだ。
「少子化問題」とよく言われるが少子化が本当に問題なのかはじっくり考える必要がある。
そもそも今子どもが少ないのなら将来老人も少なくなるのだし、
また今の子ども世代が将来何人の子どもをもうけるのか未知数なのだから
「少子化問題」「少子化対策」という言葉がいかに浅はかか少し考えればすぐに分かる。
星を一つ減らしたのは読みにくさゆえ。それさえなければ星五つを付けるのだけど。

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