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これからの環境論―つくられた危機を超えて (シリーズ地球と人間の環境を考える (12))
渡辺 正
定価 :
¥ 1,680
発売日 :
2005/01
出版社/メーカー :
日本評論社
おすすめ度 :
(5 reviews)
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カスタマーレビュー
最高の環境教育教科書!
, 2007-04-11
理科教育などにも一家言もっておられる著者の会心(怪心?)の一冊。
これほどわかりやすく世に蔓延る環境不安を一掃してくれる一冊はないと断言できます。リスクについて評価するには他の物質やあるいは人体にとってのリスク(それも有能な解毒、排出作用もある人体は一定量までリスクゼロであるということ!)をわかりやすい例に置き換えて腑に落としてくれている。
マスコミのいい加減な言説に振り回されることなく、自分で立ち止まって出されるデータをちょっと電卓でもたたいてみる、あるいは自身が受けた理科教育に照らし合わせてみるといった当たり前のことをするだけ…あるいは有毒物質エタノールを軽く一杯傾けるだけ(笑)で地球滅亡の恐怖から救われます。
真剣に読むと困惑させられます。
, 2005-06-25
これを「環境論」として真面目に読むことは、勧めません。
困惑すること間違いなしです。
というのも、「論」としてはあまりに欠陥が多い。
突然始まり、笑い半分(嘲笑、苦笑等)で終る。
読者に理解を求めていないような感すらあります。
突き放しているというか。
全体として文章もつかみづらく、随所で「?」と首をひねることがあります。
何故会話調で、何故酒を飲むのか、何故相手が年下の文系なのか。
そして尻切れトンボの感も覚えます。
しっかりとした熟成がなっていないような感じで、真面目に環境論を考えている人は(内容ではなく筆者の態度に対して)憤然とさせられるかもしれません。
読む価値がないとは言いませんが、筆者が斜にかまえているのだから、
こちらもあわせて斜にかまえて読む程度でいいと思います。
マスメディアにかき回されている現状を科学的に突くのはいいです。
ロンボルクを読んでいなかった私が驚くようなことが、ちらっと出ていたのも認めます。
よって、ロンボルクを読むきっかけになったことを考慮し星二つですが、
ロンボルクを読んでいる人にとってはまだろっこしく、ついで不愉快かもしれません。
「君たちはさ、ロンボルクも読んでいないんだろう?」
という筆者の声が私には聞こえる気がしましたから。
あと、筆者はなんとなく養老氏を意識しているような気がしました。
書名が悪すぎる
, 2005-05-20
この本はマスコミ等が過剰に採り上げている環境問題を分析し、「みなさん騙されていますよ」と教えてくれる親切な本である。内容に嘘はない。だから地球温暖化・ダイオキシン・環境ホルモンに関して「ほんとうのところはどのくらいヤバイのか」をざっと知りたい人には有用かも知れない。
気になる点はいくつもある。まず一つは、この本が単なる焼き直しだということ。本書の主要な引用文献である『環境危機をあおってはいけない』『環境リスク学』『酸性雨』『地球温暖化』等の繰り返しなのである。しかも切り貼りだとバレないように会話調にしてあり、部分的に自分で収集したデータを入れてある。こういう小細工が感じられるので元となる文献をほとんど読んでいた私にとっては不愉快であった。本を書くなら一から自分の主張をしてほしい。
全体として、新しいことに気付いて興奮し、顔を赤らめながら他人に吹聴してまわっているような恥ずかしさを感じる。たぶん著者は環境論など専門外で、たまたま読んだロンボルグや中西、伊藤の著作で目からウロコが落ち(と本人は思い込み)、「本を書きたくなっちゃった」のではないだろうか。
扱っている内容が狭いのも問題。『これからの環境論』と題するからには広範な分野について触れるべきだが、本書で扱っているのはごく一部である。生態系の維持を考える上での基本(=水と緑と土,その間での循環構造)に対する配慮などかけらも感じられない。ここを無視した単なる環境評論など、どれほどの価値があろうか。国内生産分に相当する食糧を捨てている事実を前に、そのムダが雇用を生み、かろうじてこの国を支えているなどと論評できる著者は、大切にしたいものなど何も持っていないのだろう。
明らかに環境論を甘く見すぎている。勉強のために東京湾の海底を観察しに行くべきだ。腐臭を発するヘドロを見れば物質循環の破綻が容易に理解されるだろう。そこには『つくられた危機』どころか、年に5万トン-湾漁獲高の数倍-の生物が死滅する世界があるのだ。
なお本書のタイトルが『環境問題のオモテとウラ-地球温暖化・酸性雨・環境ホルモン-』であったなら,まあ内容に忠実であり,ここまで酷評はしないことを付言しておく。
新たな環境論が誕生した
, 2005-04-16
・著者はこれまでの環境問題への取組みを65年から85年の第1期と,85年から現在までの第2期に分けてとらえている.第1期は大気汚染や水質汚濁が深刻になっていわゆる公害問題を解決しようとした時代で,この時代の取組みを高く評価している.しかし,その後の20年間の取組みは「まとも」ではなかったという.なぜ「まとも」ではないのか?本書を読むと明快に理解できる.
・わが国では,環境問題に関する言説のほとんどが科学的議論や合理的精神からはずれてしまい,感情的でエキセントリックな言説が支配的になってしまうことにいらだちを覚えていたに違いない著者は,こうした議論を科学の土俵に戻すことにこれまで専心していたように見受けられる.しかし,本書では環境問題は純粋な科学ではないことを見据えることによって,逆に見通しのよい視点を獲得し,「第3期の環境論」とよぶのに相応しい豊穣な批評を展開することができたのではないか.
環境論は、著者には消化し切れていないのではないか
, 2005-03-17
環境問題に関する仕事をし、多くの本を読んでいる人こそ、まずは手にとって見てもらいたい一冊である。
ロンボルグの「環境危機をあおってはいけない」に比べると、ボリュームがなく、論理も整理されていないが、環境問題についてどのような反駁が考えられるかを知ることができる。しかし、ロンボルグの本を持っていれば、わざわざ買うことはない。立ち読みで十分である。
要は、著者は、短期間に大量の有害物質に暴露される「事故」のようなケースでなければ人への健康被害は起こらないと言っているのである。
それ自体至極もっともなことだが、では、何もしなくてよいかということになると、巧妙に論点をずらされていて、よくわからない。読後数分間は、環境対策や温暖化対策はもう必要ないと思えるが、よくよく考え直すと、違和感が生じるのである。
例えば、ダイオキシン対策によって、排水・排気の改善が進んだことを一方で評価しながら、コストが高すぎるとか、特定の企業を設けさせる企みだとか、どこぞの経済団体だかの代弁者と同様な台詞を述べ、結局対策は不要であったと説く。
著者は科学者であるから、科学的根拠を示すのは上手であり、リスクを過大評価したり、決め付けで突っ走ることの危険性はよく伝わってくる。環境ホルモン、通常レベルのダイオキシン類、酸性雨の現状分析については、相当いい指摘をしている。
しかし、社会的な側面となると、いきなり政府の陰謀説や、官民、官学の癒着の話が、具体的な根拠もなく「自治体の訴え」などという誠に不確かな論拠で登場する。明らかに分析が浅い。なにやらワイドショー的な錯覚を覚える。
そういうわけで、科学的な側面での功績を考慮して、星1つとするのは勘弁し、星2つとさせていただくことにした。
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